岩国基地の歴史 年表

岩国基地年表

岩国基地の出来事は、市発行の『基地と岩国』などを参考にしています。

赤字で記した主な出来事は詳細ページにリンクします。(加筆中)

1600年~1937年 岩国の開墾事業

1600年初期より吉川家による開墾事業はじまる。

1914年~1918年 第一次世界大戦

1922年 ワシントン海軍軍縮条約・・・アメリカ(米)、イギリス(英)、日本(日)、フランス(仏)、イタリア(伊)の戦艦・航空母艦(空母)等の保有の制限が取り決められた。

1935年 岩国工業港整備を計画し、山口県知事・内務大臣に陳情。

1936年 ロンドン海軍軍縮条約脱退

1937年 岩国工業港設計大観図作成

 

1938年~1945年 第2次世界大戦

岩国基地日本世界
1938年

(S.13)

4月:旧日本海軍が宅地約 13,200 ㎡、耕地約 1,217,700 ㎡を買収して岩国飛行 場の建設に着手国家総動員法公布[独]ヒトラーが統帥権を掌握
1939年

(S.14)

 12 月:呉鎮守府所属 練習隊を配置ノモハン事件第2次世界大戦勃発
1940年

(S.15)

 7月:岩国海軍航空隊として開設。主として教育隊、練習隊の基地 として使用日独伊3国同盟締結
1941年

(S.16)

 2月:偵察練習生教育隊が配置日ソ中立条約調印

太平洋戦争勃発

1942年

(S.17)

1943年

(S.18)

 11月:海軍兵学校岩国分校が開校 学徒出陣伊が無条件降伏

カイロ会談

1944年

(S.19)

 インパール作戦

ザイパン陥落

 ノルマンディー上陸

8月25日:パリ解放

 1945年

(S.20)

 8月:広島・長崎に原子爆弾投下

8月:ポツダム宣言受諾により無条件降伏

1945年~1953年 冷戦のはじまり:朝鮮戦争

 1945年

(S.20)

 9月:終戦後、米海兵隊が進駐し、基地を接収 (基地は次第に拡張され、終戦時には、4,514,400 ㎡に至っていた)
 1946年

(S.21)

 2月:英連邦空軍(英空軍・豪空軍・英印部隊・ニュージーランドなどの混成部 隊)及び米空軍が進駐。基地の主導権を英空軍が握る
 1947年

(S.22)

 1948年

(S.23)

 1949年

(S.24)

 1950年

(S.25)

 9月:朝鮮事変の勃発とともに国連軍として英海軍部隊・米空軍及び米海軍部隊 の一部が派遣されてきた

9月:キジヤ台風で創建以来276年ぶりに錦帯橋流出

 1951年

(S.26)

 9月:対日講和条約・日米安全保障条約を締結
 1952年

(S.27)

 4月:日米安全保障条約に基づく在日米軍の基地となり、英豪空軍が撤退し、米 空軍の基地となる。また、民間空港として開港され、日本航空(株)の東 京・福岡線の中継地となる

6月:羽田空港とともに国際空港となる

 1953年

(S.28)

 1954年

(S.29)

 12月:米海軍の基地となる この年、極東航空(株)が大阪・岩国間の就航を開始。他にCAT(中華)、 QANTAS(オーストラリア)、KNA(韓国)も使用
 1955年

(S.30)

 1956年

(S.31)

 7月:米海兵隊第1航空師団・米海軍第6艦隊航空大隊が移駐(昭 27~昭 31 の 間基地施設の拡充が行われ、現在の規模となる)
 1957年

(S.32)

 3月:海上自衛隊教育航空群が共同使用を開始
 1958年

(S.33)

 1月:米海兵隊に基地の主導権が移り、米海兵隊岩国航空施設となる
 1959年

(S.34)

 1960年

(S.35)

 1961年

(S.36)

 1962年

(S.37)

 7月:名称を米海兵隊岩国航空基地(MCAS IWAKUNI)として正式に 海兵隊の航空基地となる

 

 1963年

(S.38)

 1964年

(S.39)

 12月:海上自衛隊教育航空群の代わりに航空自衛隊第 82 航空隊 (F86Fジェッ ト戦闘機 25 機、T33 ジェット練習機6機、隊員約 500 名)が新田原基地 から移駐 民間航空が路線の変更を行い、この年以降定期便は就航していない
 1965年

(S.40)

 9月:F-4Bファントムジェット戦闘攻撃機、A-4Cスカイホーク攻撃機各 35 機を配備
 1966年

(S.41)

 7~8月:米海軍第6艦隊航空大隊にP-3Aオライオン対潜哨戒機9機を配備
 1967年

(S.42)

 12月:航空自衛隊第 82 航空隊が小牧基地へ移駐
1968年

(S.43)

 6月:海上自衛隊第 51 航空隊岩国分遣隊が開隊
 1969年

(S.44)

 1970年

(S.45)

 1971年

(S.46)

 1972年

(S.47)

 1973年

(S.48)

 3月:海上自衛隊第 31 航空群 (PS-1対潜哨戒飛行艇6機、小型練習機1機、 隊員約 500 名)が開隊(昭 48.3~昭 49.3 すべり地区約 33,000 ㎡を埋め 立て、PS-1の駐機場として使用)
 1974年

(S.49)

 8月:米海兵第 513 攻撃機中隊が配備 (AV-8Aハリアー垂直離着陸戦闘攻 撃機 16 機)
 1975年

(S.50)

 7月:米海軍第6艦隊航空大隊哨戒部隊が三沢へ移駐を開始(P-3Aオライオ ン6機移駐、一部残留)
 1976年

(S.51)

 4月:米海兵隊第1航空師団司令部が沖縄のキャンプ瑞慶覧へ移駐(隊員約 1,000 名)

6月:米海軍第6艦隊航空大隊哨戒部隊が三沢へ移駐完了

7月:海上自衛隊第 31 航空群第 71 航空隊が開隊 (US-1救難飛行艇を配備)

 1977年

(S.52)

 5月:米海兵第 513 攻撃中隊が米国アリゾナ州ユマ基地へ移駐(AV-8Aハリ アー移駐)
 1978年

(S.53)

 1979年

(S.54)

 5月:米海兵隊第1航空師団第 17 師団支援大隊が沖縄へ移駐(隊員約 500 名)
 1980年

(S.55)

 10月:愛宕通信所約 130,000 ㎡を岩国飛行場に統合
1981年

(S.56)

 4月:第 12 司令部整備中隊所属のTA-4MスカイホークをOA-4Mスカイ ホークに機種変更
 1982年

(S.57)

 1983年

(S.58)

 3月:第1海兵航空師団兵器部隊(MWWU-1)がグアムアガナ海軍航空基地へ 移駐

3月:海上自衛隊第 51 航空隊岩国分遣隊が廃止。海上自衛隊第 31 航空群第 81 航空隊開隊(UP-2J・3機配備)

8月~9月:滑走路補修工事のため滑走路閉鎖

1984年

(S.59)

 2月:海兵第2戦術電子戦中隊Z分遣隊(EA-6B・4機)ノースカロライナ 州チェリーポイント基地へ移駐

10月:海兵第2戦術電子戦中隊Z分遣隊(EA-6B・4機)ノースカロライナ 州チェリーポイント基地から移駐

 1985年

(S.60)

 1986年

(S.61)

 8月~9月:滑走路補修工事のため滑走路閉鎖
 1987年

(S.62)

 3月:U-36Aが試験飛行のため、海上自衛隊第 31 航空群第 81 航空隊に配備

7月:米海兵第 115 攻撃中隊の配備に伴い、F-4 ファントムにかわって、FA -18 ホーネット(12 機) が配備

 1988年

(S.63)

 4月:U-36A(2機)が海上自衛隊第 31 航空群第 81 航空隊に正式配備

5月~10月:滑走路改修工事のため滑走路閉鎖 その間、米海兵第 332 攻撃中隊等が嘉手納基地ほか海外の基地へ分散移駐 (イントルーダー、スカイホーク、ホーネット等 74 機) 海上自衛隊も八戸、下総、徳島基地に移駐(UP-2J、U-36A・6機)

9月:米海兵第 12 飛行大隊と第 15 飛行大隊が統合され、第 15 飛行大隊が廃止

11月:海上自衛隊第1航空群移動部隊(P-2J・5機)が滑走路改修のため、

 1989年

(S.64)

H.1)

 5月:鹿屋航空基地から岩国基地へ一時移駐

3月:PS-1用途廃止に伴い、第 31 航空隊が解隊

6月:米海兵第 331 攻撃中隊の配備に伴い、A-4Mスカイホークにかわって、 AV-8BハリアーⅡ(14 機)が配備

9月:海上自衛隊掃海ヘリコプター部隊第 111 航空隊が、V-107(2機)を伴 い移駐

12月:海上自衛隊へMH-53Eの一番機が飛来

 1990年

(H.2)

 1991年

(H.3)

 10月:米海兵第 214 攻撃中隊(AV-8BハリアーⅡ・ナイト・アタック 20 機) がアリゾナ州ユマ基地から移駐

11月:海上自衛隊第 81 航空隊にEP-3(2機)が初配備

12月:海上自衛隊第 81 航空隊にLC-90(1機)が配備

 1992年

(H.4)

 3月:米海兵第 121 全天候戦闘攻撃中隊(FA-18Dナイト・アタック・ホーネ ット)がカリフォルニア州エルトロ基地から移駐 米海兵第 224 全天候攻撃飛行中隊(A-6E11 機)がノースキャロライナ 州チェリーポイント基地に帰還 B-65(1機)が海上自衛隊第 81 航空隊から除籍

7月:米海兵第2戦術電子戦中隊X分遣隊(EA-6Bプラウラー6機)が米海 兵第1戦術電子戦中隊になった 海上自衛隊第8航空隊の新編に伴いP-3C(3機)が配備

 1993年

(H.5)

 3月:P-3C10 機目が当初配備計画通り配備
 1994年

(H.6)

 1995年

(H.7)

 1996年

(H.8)

 5月:AV-8BハリアーⅡ(14 機)が米国に帰還
 1997年

(H.9)

 6月:滑走路移設工事に着手
 1998年

(H.10)

 12月:海上自衛隊第 31 整備補給隊新編
 1999年

(H.11)

 2~4月:滑走路補修工事のため滑走路閉鎖

4月:海上自衛隊第 81 航空隊にUP-3D(2機)が配備

 2000年

(H.12)

 2001年

(H.13)

 3月:海上自衛隊第8航空隊廃止 海上自衛隊第 81 航空隊改編 海上自衛隊第 91 航空隊新編

9月:HH-46Dシーナイトヘリコプター(3機)が米国に帰還

 2002年

(H.14)

 2~3月:CH-53Dシースタリオンヘリコプター(8機)が配備

3月:海上自衛隊第 81 航空隊にOP-3C(1機)が配備 海上自衛隊岩国システム通信分遣隊新編 海上自衛隊第 31 航空群の改編(江田島の第 11 海上訓練指導隊が標的機整 備隊と改称し、第 31 航空群の隷下に入る)(江田島)

 2003年

(H.15)

 2004年

(H.16)

 2005年

(H.17)

 9月:LC-90 連絡機が装備変えで海上自衛隊第 91 航空隊から厚木基地へ移動
 2006年

(H.18)

 2007年

(H.19)

 3月:海上自衛隊第 71 航空隊にUS-2が部隊配備

9月:米海軍第 14 掃海ヘリ中隊に所属するMH-53E型ヘリ2機から成る第1 分遺隊が臨時展開により岩国基地に到着

 2008年

(H.20)

 3月:海上自衛隊第 111 航空隊にMCH-101(2 機)、CH-101(1 機)が配備

10月:臨時展開していた米海軍第 14 掃海ヘリ中隊のMH-53E型ヘリ 2 機が離 日

 2009年

(H.21)

 5月:CH-101(1 機)が海上自衛隊第 111 航空隊からしらせ飛行科へ所属変更
 2010年

(H.22)

 5月:滑走路を約 1,000m 沖合へ移設する工事が完成し、新滑走路の運用開始
 2011年

(H.23)

 3月:滑走路移設事業の完了
 2012年

(H.24)

 7月:普天間飛行場に配備するMV―22オスプレイ(12機)が岩国飛行場に 陸揚げ

10月:MV―22 オスプレイ(12 機)が岩国飛行場から普天間飛行場に移動完了

12月:民間用の岩国錦帯橋空港開港。(羽田-岩国間をANA1日4往復運航)

 2013年

(H.25)

 7月:普天間飛行場に配備するMV―22 オスプレイ(12 機)が岩国飛行場に陸 揚げ

9月:MV―22 オスプレイ(12 機)が岩国飛行場から普天間飛行場に移動完了

 2014年

(H.26)

 8月:米海兵隊第 152 空中給油輸送中隊(KC-130J・15機)が普天間飛 行場から移駐
 2015年

(H.27)

 2016年

(H.28年)

 2017年

(H.29)